1337年 |
イギリスとフランスとの間で、百年戦争がはじまる。 |
1403年 |
のちのシャルル7世が生まれる。 |
1407年 |
オルレアン公ルイがブルゴーニュ派に暗殺され、オルレアン家一党とブルゴーニュ派が国内を二分する。 |
1412年 |
1月6日ジャンヌ・ダルクがロレーヌ地方のドンレミ村に生まれる。 |
1415年 |
アザンクールの戦いで、フランスはイギリス軍によって大敗。 |
1416年 |
イギリスとブルゴーニュ派の間で同盟が成立。 |
1420年 |
トロワ和約が成立し、イギリス王ヘンリー5世とシャルル6世の娘が結婚。
王太子シャルルが王位継承権を否認される。 |
1422年 |
王太子シャルルがフランス国王を称する。 |
1425年 |
ジャンヌ・ダルク”神の声”を聞く。 |
1427年 |
ジャンヌ・ダルク16歳。
ボークリュ‐ルの守備隊長を尋ねて、『神の声に従い、オルレアンを救いたい』と嘆願する。 |
1429年 |
2月13日 |
ジャンヌ・ダルク、ようやく王太子の渇見を許され、シノンに赴く。 |
2月23日 |
王太子シャルルと初会見。 |
3月22日 |
イギリス軍への降伏勧告書状を口述。 |
4月29日 |
ジャンヌ・ダルク、オルレアンに入る。 |
5月4日 |
サン・ルーの砦を攻略。 |
5月6日 |
オーギュスタンの砦を攻略。 |
5月7日 |
トゥ‐レルの砦を攻略するが、ジャンヌ・ダルク胸に矢を受け瀕死。 |
5月8日 |
オルレアン解放。 |
6月12日 |
ジャルジョー占領。 |
6月15日 |
マン占領。 |
6月17日 |
ボージャンシー占領。 |
6月18日 |
パテの戦いでイギリス軍に圧勝。 |
7月17日 |
ランスの大聖堂にて、王太子シャルルは祝聖式を行う。
正式にフランス国王に任命され、シャルル7世政権が誕生する。 |
9月8日 |
パリ奪還のため攻撃。ジャンヌ・ダルク腿に矢傷を受ける。 |
12月24日 |
ジャンヌ・ダルク、シャルル7世により貴族の称号を与えられる。 |
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1430年 |
5月23日 |
ジャンヌ・ダルク、ブルゴーニュ派にコンピエーニュで捕わる。 |
7月11日
〜11月 |
ボールボワ‐ルの塔に幽閉される。 |
11月末 |
イギリス軍に身柄を引き渡される。 |
12月23日 |
ルーアンの城に幽閉される。 |
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1431年 |
2月21日 |
ジャンヌ・ダルクの公開審理開始。(宗教裁判) |
3月10日 |
牢内での非公開審理開始。 |
4月5日 |
12ヶ条の罪状が決定される。 |
5月24日 |
ジャンヌ・ダルク、”悔い改め”の誓いを申し出る。 |
5月27日 |
ジャンヌ・ダルク、再び男装する。 |
5月28日 |
誓いを破ったとして異端再犯の審理。 |
5月30日 |
ルーアンの広場にて火刑に処せられる。
ジャンヌ・ダルク、享年19歳。 |
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1437年 |
9月21日 フランス、ブルゴーニュとの間でアラス和平を締結。 |
1450年 |
シャルル7世、ジャンヌ・ダルク裁判(処刑裁判)の見直しを命令。 |
1453年 |
百年戦争、終結。 |
1456年 |
ローマ教皇が、ジャンヌ・ダルクの処刑裁判の”無効”を宣言。 |
1920年 |
教皇ベネディクトゥス15世により、ジャンヌ・ダルク聖者(聖女)の列に加わる。 |